数え切れない失敗と挫折を乗り越えて…まわり道しながら磨きあげたクリエイティブの感性。
アニメーションから実写映像、モーショングラフィックス、イラスト制作など幅広いジャンルのビジュアルコンテンツ企画・制作を手掛ける ANGLE合同会社。なかでもオリジナルアニメ 『パカリアン』はカートゥーンネットワークへ進出。またシリーズアニメ 『危険信号ゴッデス』はYahoo!アプリでの累計再生数9000万回を突破し、TikTok開始半年でフォロワー25万人を超えるほどの人気を誇る。そんなANGLEをアニメーション作家の秦俊子さんとともに支えているのが映像ディレクターの高橋悠平さんだ。今回は高橋さんにお時間をいただき、これまでのキャリアの話、ものづくりにおける心技体、クリエイターの成長にとって大切なことなどをお話いただきました。
温故知新こそクリエイティブ
―ANGLEが手がけている『危険信号ゴッデス』が好調です
ありがとうございます。『ゴッデス(※1)』は『パカリアン(※2)』と並んで最も力を入れているコンテンツなので、まったくの無名で広告にも頼らず伸びているのは非常にうれしいです。でも、僕やパートナーの秦(※3)はまだまだ全然満足していなくて。正直なところ、もっと伸びるはずだと思っているんです。
―それだけ自信があるわけですね
そもそも『ゴッデス』はYahoo!クリエイターズプログラムから声をかけてもらったのがきっかけで生まれたんですが、せっかくやるなら見ている人が楽しんでもらえるものを、とかなり工夫して作りこんでいるんです。尺が1~2分ですから通勤やコーヒーブレイクなんかに笑ってもらったり、すっきり気分転換できるようなものを。1話完結にしているのもそのためです。
―ちょっとブラックな要素もあります
ちょっとね(笑)ちょっと皮肉交じりで、ちょっとクスッと笑えるというのがコンセプト。『ゴッデス』ってツッコミ入れたりおしおきしたりするんですが、あれ、おネエ系キャラだから受け入れられるんですよ。女性だと同性からの攻撃に構えるし、男性だとキツすぎる。そこを中和してくれるんですよね。あとビジュアル的にはだんご三兄弟みたいな。
―確かに!緑、黄、赤でバランスもとれてますね
さらにスカーフ巻いてるのはクイーンのフレディみたいでしょ。で、発言はマツコ・デラックスさんみたいに辛口でも角が立たない。名前はゴッデス、つまり女神。完成度高いキャラだなと思うんです。そして最後の決め台詞。現代版の「笑ゥせぇるすまん」の雰囲気が出せたらと。
―そういわれてみると新しくもどこか懐かしさがありますね
新しいものを創る上で、過去のさまざまな制作物の良いところを積極的に取り入れていったほうがいいと僕は思うんです。特に今回の『ゴッデス』は老若男女いろんな人に楽しんでもらいたい作品だから、昔に受けた要素をベースにしてその上で自分たちのオリジナリティを入れていく。そのプロセスを大事にしていますね。
―ストーリーはどうやって組み立てているんですか
回ごとに僕の担当と秦の担当に分かれています。ただ、面白い話ができるときっていつも煮詰まったときなんですよね。ある程度まで形が見えてきたけど、ここの部分どうしようか…なんてときはお互い相談するようにしています。で、いろいろ案を出しあってブラッシュアップした回が結果として面白いものになるんですよね。
―どんなことを伝えていこうと考えていますか
たとえばダメな男が出てくるとします。そのとき単なるDV男だとダークになりすぎてしまう。そこでダメな度合いを下げて、なんかこう、かわいらしいダメさを演出するとか。カップルならふたりの間だけで通用する世界やルールってあると思うんですが、そういういびつさというか人間味を出していきたい。
―そこは万人受けのわかりやすさを狙うわけじゃないんですね
もちろんいろんな仕掛けで万人に受けてもらいたいと思っています。ただ、ほんとうによくあることだけでストーリーを構成すると、実はあんまり面白くないんですよ。それよりは人間の持つどうしようもないけど愛おしいところを『ゴッデス』で見せていきたい。そのほうが、やっぱり面白いと思うんですよね。
迷走つづきの下積み時代を経て
―もともとANGLEを設立するまでどのようなキャリアを?
大学時代に日本の美術・芸術を勉強しまして。卒論は岡本太郎さんだったんですが、そのころにはもう漠然とものづくりがしたいなと。ダブルスクールで映画美学校に通っていたんですが、そこが楽しすぎてうっかり就活をきちんとしていなかった。でもやっぱり働かないとな、というところからのキャリアスタートです。
―いきなり波乱含みですね(笑)
なんとか新卒枠でテレビ番組の制作会社に拾ってもらったはいいのですが、あろうことかそこを半年で辞めてしまって。当時の僕は学校出たばかりで頭でっかちだったんです。ものづくりとはこうあるべき、みたいな。だからその会社の現場でやっていることを受け入れられなかった。なんだよ、こんなのただの調整役じゃん、って感じで。
―若気の至り感満点ですね
いまでこそ重要性がわかるんですが、なんでこんなに下調べばっかりしなくちゃいけないんだよ、とか思っちゃって。しかもADですから深夜まで帰れない。何やってんだろう僕は、こんなんじゃない!違う!と。もうほんと、その会社のみなさんには申し訳ない気持ちでいっぱいです。
―その後はどうされたんですか
ちょうどプライベートでもトラブルがあって、住むところがなく、しばらく寝袋生活だったり友人のシェアハウスに間借りしたり…迷走していましたね。そのとき結構どん底な生活を経験して、ああ、僕っていまそういう立場の人間なんだな、と自覚したんです。そこから這い上がるまで半年ぐらいかかるんですが(笑)。
―結構続いたんですね、どん底
雑草ですよね、もう。でもその後なんとか小さな映像会社に入社できて、そこは全て自分でやらなきゃいけない環境だったのがよかった。下調べから事前準備、現場、終わったあとのケア。作ったもので人を喜ばせることがどれだけ大変なことか、厳しく教わりました。たとえ途中で交通事故に巻き込まれても、這ってでも現場に行き、やり切ることの大切さとか。
―それはすさまじいですね…
僕の初ディレクションの仕事の時も前夜、アドレナリンが出まくって眠れないわけですよ。で、こうなったら事務所で朝を迎えよう、と夜中自転車で走っていたら横から原チャリに突っ込まれた。なんとか避けたんですが前のめりに転んで顔面血だらけ、前歯は折れて、体のあちこちが痛いわけです。
―翌日は現場での初めてのディレクションですよね
まさしくピンチすぎる状況なんですが、笑顔で「大丈夫です!」と乗り切って(笑)。お客様からも心配されたし、痛すぎてご飯も食べられなかったんですが、がんばってやり切る、という姿勢を見せることができました。それがお客様から評価されたり、先輩からもたくましくなったな、と言われたり。自分にとっても自信になりましたね。
―じゃあ大切なことは2社目で学んだわけですね
その会社では本当にいろんなことを学ばせてもらいました。その後、フリーランスを経てもう少し大きな仕事を経験したいな、という思いから動画広告専門の会社に。ここでもいい経験をいっぱいできました。で、広告だけではなくもっとやりたいことをやるために満を持して独立、という流れです。
失敗しないと成長しない
―いま立ち上げ5期目です。手ごたえは?
ここまできてやっていることに間違いはなかったなと実感しています。自分たちで選んだ選択肢、成功はまだこれからだけど、正解ではあったと。やはりものづくりの仕事である以上、やりたいことをやろうとすると独立するしかないんですよね。
―やりたいことをやる、ということに尽きると
正確に言うとやりたいことをやり続けること、かも知れません。本当に厳しいことを言うとやりたくても能力がなかったりセンスがないとできませんからね。いまってソフトや機材が充実しているから1億総クリエイターっていってもおかしくないじゃないですか。でもそれとお客様の要求に答えたり期待を超えたりするプロの仕事との間には大きな差があると思うんです。
―本物のプロしかやり続けられないんですね
いま下積み時代が省略される傾向にありますよね。でも、天才やエリートならまだしも、僕のような雑草魂というか、地べたから這い上がっていくタイプにとっては絶対に必要だと思います。僕も最初はなめてましたけど下調べとか、そういう土台があってからのセンスかな、と。センスってその人が持ってるものってたかが知れていると思っていて。
―と、いいますと
いろんなものを知っているとか、経験があることですね。下積みみたいなプロセスを経た上での総合力、人間性みたいなところにこそ息づくと思うんです。周りから受けた影響やひとつひとつ学んでいく過程があるからこそ、アウトプットも面白いものになるという。
―高橋さんの歩んできた道も無駄じゃなかった
最初から上手くいくならそれがいちばんいいんだけど、やっぱり失敗しないと成長しないので。こないだも伝統芸能の能を撮影したんですが、僕の担当が舞台袖だったんです。で、これまでも相当いろんな現場を踏んできているから、できると自信があったにもかかわらず、まったくといっていいほどいい絵が撮れなかった。
―それはまたどうして
能って舞台上の動きはゆっくりなんですが、舞台裏はてんやわんやなんです。そんな雑踏みたいな場所で邪魔にならないように、なおかついい絵を撮るのが本当に難しくて…さすがにギャラはいりません、とお詫びしたぐらいです。ああ、この年で、キャリアもそこそこ積んでいるのに、こうやって失敗するんだなと。
―あらためて反省したと
もっと精進しなくちゃ、と思いましたね。この失敗を活かして、また別の依頼案件でクオリティ高い仕事で還元しないと意味がないですし。やっぱりこの仕事、目の前の担当者を喜ばせることに尽きると思うんですよ。もちろんエンドユーザーや依頼企業などいろいろありますが、まずは僕を信頼して頼んでくれた人の笑顔のために頑張る。
―それがやりがいなんですね
そうですね。だいたいその先の視聴者に楽しんでもらう上でも、目の前の担当者の笑顔やありがとうございましたってひと言を引き出せなければ無理ですからね。最初にいま作っている動画を見る担当者をいかに喜ばせるか、楽しませるか。全てはここにかかっていると思います。
若いうちは自分のことだけ考えればいい
―これからのクリエイターにはどんな力が求められるでしょう
さっきも言いましたが、いまってソフトや機材が高性能で、なおかつ価格が下がっていますよね。だからオールマイティでなきゃいけない。なんでもできるというのが前提だと思います。さらにお客様が思っていることをいかに汲み取れるか。作家は別として、商業クリエイターであるなら意図を汲み取る力は必須でしょう。
―なかなかハードルが高そうです
いろんなことが必須の中、その上で自分にしかできないことを武器として持つ。それは技術面でもいいし、なんなら技術じゃなくたっていい。めちゃくちゃいいヤツってことでも。その人にしかないようなもの。キャラ付けとでもいいましょうか。
―スキルでも人間性でもどちらでもいいと
たとえばどうしても遅刻しちゃう人がいます。昔ならアウトだけどいまはもう、それはキャラということにできる。毎回「すみませーん」なんていいながら現場にやってくる。だけど仕事はキッチリ一流というね。どうしようもないけど、愛されるキャラ。あるいはすごく丁寧とかでもいいし、すごく気をつかえるでもいい。段取り完璧なんてのも最高ですね。
―なんだか勇気づけられる人も多そうです
何かあれば現場に呼んでもらえますから。アイツいるといいんだよな、みたいに。それと、若い人は自分のことだけに集中すればいいと思います。変に周りのことに気をつかわなくてもいい。とにかく自分がどうやったら心地よいか、ということをひたすら追求すればいい。パフォーマンスを最大限発揮できるようにするには…と突き詰めれば自然と外に目が向かっていくはずですから。
―ふつう自分より周りを優先すべし、なんて言われますよね
僕は真逆だと思っていて、最初から外を向いてしまうとチグハグなことになりかねない。それより自分がいかに楽しく過ごせるか、自分のことだけを考えていくことが、結果として世界にひろがっていくはずです。だって、たいていの人が誰かに喜んでもらいたいと思ってるでしょう。
―いろんな欲があると思います
うん、喜んでもらいたいし、お金ももらいたいし、僕なんかだとハクを付けたい、なんてのもありますよ。じゃあその自分の欲を満たす、つまり心地よい世界をつくるにはどうしたらいいかというと、言葉遣いを丁寧にしようとか、段取り完璧にしようとか、時間は守ろうといったことにつながるわけじゃないですか。
―あ、なるほど!
みんな他者貢献とか言うけど、自分のためにならないと意味がないと僕は思いますよ。自分のことを一番に考えるということと、自分勝手とは違いますからね。自分を大切にできるか、自分が楽しいと思えることを続けられるか。続けるにはお客様がいないと無理でしょ。じゃあそのためにどうすべきか。気持ちよくなってもらわないといけないし、技術だって磨かないといけないし。
―そのためなら下積みだってがんばれそうですね
小さい頃からそうなんですけど、友達と仲良くしなさいだとか、人のためにやりなさいとか、そんなこと言われてもねぇ(笑)。やっぱり自分のために、自分のことをやるとき一番パワーがでるはずです。外から見ると他人のためにやっている人だって、それをやっている自分が気持ちいいからでしょう。自分が快適であるために、他人にも快適になってもらわないとね。
―ものすごく正直で、まっすぐなお話ありがとうございました!
※1…『危険信号ゴッデス』
Yahoo!クリエイターズプログラムとU-NEXT、GYAO!、YouTube、TikTokで配信中のオリジナルシリーズアニメ。Yahoo!アプリでの累計再生数9000万回を突破。TikTokは開始半年でフォロワー25万人を超える。
※2…『パカリアン』
オリジナルストップモーションアニメ。カートゥーンネットワークにも進出し、Adult Swim枠のコマーシャルブレイク映像を4本制作。アメリカとカナダで放送された。声優はすべてのキャラクターを斎藤工が演じる。
※3…秦俊子
アニメーション作家。ANGLE代表。ストップモーションアニメをメインとした作品を多く手がけている。 TVアニメではNHKみんなのうたやおかあさんといっしょなどの映像を制作。短編アニメ作品『映画の妖精 フィルとムー』『さまよう心臓』なども監督。
秦俊子さんのインタビュー記事はこちら
取材・編集:早川博通(
@hakutsu)
撮影:小野千明
高橋悠平
大学在学中よりダブルスクールで映画美学校に通う。スポーツ番組やCMを手がけるテレビ番組制作会社に新卒で入社するも半年でリタイア。失意の日々を過ごす。企業VPや教育関係の映像制作会社でモノづくりの現場へカムバック。その後、動画広告代理店にてWebに特化した映像制作に従事。2016年、ANGLE合同会社を設立。CMや動画コンテンツなどの演出・脚本を手がける一方、自身で撮影や編集なども行なう。