意表を突く必然性はワクワクするストーリーと美しい仮説から生まれる。
1947年の創業以来、プロモーション活動を通じてさまざまなクライアントの課題を解決してきた株式会社KANKO。同社で2018年より取締役CMOとして辣腕をふるう齋藤良介さんの活躍ぶりは業界内でも定評が高い。ある時は戦略プランナーとして、またある時はクリエイティブディレクターとして、あるいはプロジェクト全体を俯瞰するプロデューサーとして、ひとつの肩書にとらわれない軽やかなフットワークで価値創造に取り組んでいる。今回はそんな齋藤さんにご自身の仕事術、プロモーションにとって大切なこと、そしてこれからのクリエイターに期待することを語っていただいた。
必要なことはすべてKANKOで学んだ
―いまの肩書はCMOですが、キャリアのスタートは?
新卒でKANKOに入社して、最初に配属されたのは生産管理課でした。ノベルティ制作時の取引先との窓口ですね。そこで出会った外部のプロフェッショナルな皆様のお陰でいろんな素材や工程を覚えたところで次は企画部へ。データ解析に勤しんでいました。またプランニングの部署にいたときは宣伝会議のコピーライターやアートディレクター養成講座に自腹で通ったこともありました。
―聞きしに勝るマルチぶりの萌芽はその時点ですでに…
最終的には営業職まで経験させてもらいました。この業界で生きていく上で必要なことは全てKANKOで学んだといっても過言ではありません。実はその後一度退職し、よせばいいのに渡米するんです。帰国後に大手CM制作会社からこれも大手広告代理店に出向し、プロモーションデザイン局でプロデューサーとして常駐していました。
―戻られてからは中国進出の礎を担われたとか
代理店時代に古巣の創業者である先代社長からいきなり呼び出されて。ちょっといろいろ紆余曲折ありすぎでここでは割愛しますが、気づいたらKANKOに戻っていました(笑)。正確には中国での別会社立ち上げだったのですが、中国マーケットの開拓に13年携わることになります。先代社長には恩義もありましたし、なんというか、意気に感じてしまったところがあるんですよね。
―でもそれまでのキャリアが中国での市場開拓には有効だったのでは
いや、本当にその通りですね。文字通りゼロからの立ち上げだったので、これは私の仕事ではないとか言っていられませんから。営業から企画、ディレクション、ノベルティの製造管理から納品まで一通りかじっておいて本当によかったと思います。
―そんな中で齋藤さんが最も得意とする仕事は何ですか?
得意かどうかはわかりませんが、プレゼン屋かな。代理店時代にプランが書けるプロデューサーという立ち位置で現場にいたいと踏ん張っていたんですね。その時の経験で営業とクリエイターの間、あるいはクリエイターとストラテジストの間に立ってストーリーを一本にまとめあげる人が稀有なことにチャンスを感じ、極めようと決めました。コミュニケーションデザイナー…バリュークリエイター…物語家…未だに自分の職種だけは、何者っていうのが見当たらないんですけど(笑)。
いかに美しい仮説を構築するか
―なるほど、ストーリーですか
要はクリエイターたちが無駄なく、自由に、かつ方向性がブレることなく一筋の戦略ストーリーを目掛けてアウトプットができるようにする。その作戦名を考える人になりたいなと。僕、クライアントへの提案で一番大事なのって“仮説”だと思っているんです。
―と、いいますと?
その仮説が美しいもの、周囲みんなが肌感で納得するものであれば、正しいかどうかの検証調査をする必要がなくなりますよね。ムダが省けるんです。逆をいえば仮説なしにクリエイティブを乱発するのはクライアントにムダなお金と時間を使わせ、クリエイターの貴重なアウトプットをドブに捨ててしまうことになりかねません。
―ストーリーと仮説が経済合理性を担保すると
間違いも多いですがCDの方々からは「齋藤くんと仕事して一番面白いのは、どんな商品でも楽しそうにストーリーをつくって、そこに美しい仮説をぶっこんでくるところだね」と言ってもらえます(笑)。そうすると、もう打ち手がなさそうな商品でもアイデアを形にすることが面白くなるんですよね。ターゲットの喜ぶ顔が目に浮かんでくると。クライアントもクリエイティブスタッフも、みんなが面白くなっていくようにモチベーションを繋ぎ合わせていくことが何よりの喜びなんです。
―そのあたりはクリエイティブディレクター気質ですね
そんな偉そうな話ではないですが、齋藤くんがCDだから俺はアートに専念するよ、ってCDが自らアウトプットに回ろうとしてくれることもあります。これ、僕にとってはうれしい褒め言葉なんですが、でも実際には僕にできることは本当に少ないので丁重にお断りします。アウトプットへのこだわりは一流クリエイターには当然敵いません。
―チェックするのは方向性ぐらい?
プロに任せたほうが圧倒的にクオリティが高いですからね。信頼しているCDなら、下手したらプレゼン当日までアウトプットを見せてもらわないこともあるぐらいです。ただストーリーに乗っかっているかどうかはチェックし、相手がスタークリエイターであろうが、新人だろうが、敬意を持ってダメ出しさせていただくこともあります。偉そうな話ですが、じゃないと信頼してくれませんから。
―CMOとしての動きもなさっている
2018年に中国から戻ってからは営業とクリエイティブの両部門を管掌させてもらっています。きちんとつながっているかのマネジメントですね。もちろん今も売場を歩き回りますし、営業現場にもでます。一人ひとりの営業に同行してクライアントの悩みや課題の本音を聞き出しに…本質を見極めずに対策を提案するだけだと他の会社と何ら変わらないので、そこに意表を突く必然性を載せて打ち返さなければと注力します。
It’s not my businessのない文化
―齋藤さんはゼネラリストですが、現場にはスペシャリスト志向もあるのでは
あります。クリエイターだけでなくプロなら誰もがスペシャリストを目指さなければならないと思います。その上で、うちのクリエイターは「クリエイターなら全体を俯瞰できるべき」と自然に思ってくれているはずです。私はコピーだからビジュアルはわからないとか、僕は平面なので立体はできませんということを口にする人は仲間に入りづらいんじゃないかな。気配り仕事は営業で、クリエイティブは専門性を磨けばいいというような風潮も一切ありませんし。
―KANKOという会社のカルチャーなんですかね
カルチャーフィットと言っていますが、北京でも同じ文化があります。営業であれ、クリエイティブであれ、経理財務であれ、採用の段階で最初に「It’s not my businessは禁句」と伝えていました。だから経理の人もプレゼンするし、営業だってコピーを考える。財務で翻訳スキルがある人はプレゼン資料のプロトコルを担当する。チームワークのすき間にある仕事をみんなで拾い合う組織です。
―クリエイターも専門性にあぐらをかいていられませんね
僕が一番尊敬するクリエイターが以前、北京のチームにいまして。彼から教わったことがあるんです。それはさっきのIt’s not my businessじゃないけど、どんなことでも集中して半年やり続ければできるようになる。逆にできないことは何もないということ。
―どんな方だったんですか?
もともとグラフィックデザイナーとしてかなりの腕の持ち主だったんですが、ある日、カメラバッグのデザインを依頼したんです。そうしたらラフスケッチを描き始めて、それが立体的になり、さらに縫製ピッチからファスナーの種類、バックルの構造、ストラップの強度、生地の厚さ…と自分で探求を続けていき、半年後には一人前どころか一流のバッグデザイナーになっていたんです。
―すごい
次にカメラメーカーのショップディスプレイをグランドデザインから全て任されました。3Dでアウトプットしたいから外注するか?と相談したら、それまで3Dソフトなんて触ったこともなかった彼はまたも独学で習得。さらに3Dプリンタを買って自宅で出力してきた。そのほうがプレゼンで勝てるから、という理由です。やはり半年後には一流になっていました。
―いや3Dプリンタって駆使するの難しいですよね
得意技で一流の腕を持ちながら、そこにとどまらずチャレンジを続けていく。集中力と向上心の塊でした。本当にリスペクトしていますね。どんな人がほしいか、と聞かれると彼をイメージします。つまり、いま一流のスキルや実力があるかないかではなく、集中力と向上心さえあれば誰だって彼のようになれるはず、という意味です。そんな仲間とチームで仕事ができたら無敵だと思っています。
プロは儲けてナンボ、儲けさせてナンボ
―クリエイターにとって大切なことってなんでしょうか
ひとつ、勘違いしがちなことがあって。よく芸術家とデザイナーの違いとか言われますよね。僕はあれ、プロであれば全く一緒だと思っていて。アートだろうがクリエイティブだろうが、要は稼いでナンボなんだと。
―稼ぐ、ですか
アーティストなら自分の作品が一体いくらで売れるのかを気にしないで描き続けると、ただの自己満足で終わってしまい、多くの人は仕事として長く続けることができなくなってしまう。クリエイターも「あのクライアントは俺のクリエイティブがわかっていない」とか言いがちです。そうじゃない。求められているものが産み出せるかどうかが大事なんだと。
―ああ、ヤングにありがちな話ですね
巨匠にもありますよ(笑)巨匠になればなるほど、そうなっていく。クライアントも「あの人巨匠だから言うこと聞いてくれないんだよね」と面倒くさくなってたりして。これ大間違いですよね。巨匠だからこそクライアントが気づかないようなニーズまで拾い上げて、クライアントに稼いで頂くことが大前提ではないかと思います。
―かといってクライアントにおもねるわけでもないですよね
僕らがクライアントの商品やサービスをクライアント、特に開発者以上に詳しくなることは不可能です。だから逆にクライアントが気づけない点を素人目線で新発見してはじめて、課題の解決に導くことができる。クライアントとしては商品の良いところをあれもこれもいいたい。その気持ちは心底わかります。でもターゲットがこの商品を必要とするポイントはここなんです、と説得することがクリエイターの役割でしょう。
―そうすることで「売れる」という文脈をつくると
そう信じています。たとえばいろんな案を提案したとする。これとこれをガッチャンコしてくれ、というようなフィードバックがくる。それをやったほうがいいならすぐやりますが、消費者からみて複雑になるようであれば断固お断りします。「複雑」は我々の仕事では悪です。それじゃ売れません。あなたもわたしも儲かりません、と。やはりプロなら儲けてナンボ、儲けていただいてナンボですから。
―そういうマインドがこれからのクリエイターにも必要なんですね
それがないと全てAIにもっていかれちゃいますよね。これからもますます世の利便性は進化していくけど、人はそれを当たり前と片付け、どこかで必ず「退屈」が蔓延する時代が来ます。気づけば買い物がつまらなくなっている。そうしたときこそ、僕らの本当の真価が問われる場面だと思っています。世の中を面白くするために我々が忘れてならないのは、今日話してきたようなこと、一言にするならば「人間味」の探求ってことですからね。
―本日はありがとうございました!
齋藤良介
1973年東京生まれ。生まれも育ちも上野浅草というチャキチャキの江戸っ子。東海大学卒業後、1995年株式会社KANKO入社。2000年にセミリタイヤし渡米。オハイオの田舎町で約1年半暮らす。帰国後CM制作会社、大手広告代理店での勤務を経て2003年KANKOへカムバック。中国進出の立役者として活躍する。2018年より現職。 趣味はロングボード。週末ともなると日の出前から鎌倉で波を待つというフィジカルな面を持つ。