人を知る。現場を識る。暗黙知と体感が生み出すデザイン。

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人を知る。現場を識る。暗黙知と体感が生み出すデザイン。
INTERVIEW 2019.11.12

人を知る。現場を識る。暗黙知と体感が生み出すデザイン。

公益財団法人日本デザイン振興会 常務理事 加藤公敬

60年以上の歴史を誇る『グッドデザイン賞』の運営をはじめ、さまざまな活動を通してデザインの可能性を追求している日本デザイン振興会。同団体で常務理事を務める加藤公敬さんは、40年以上にわたり富士通でデザイナーとして活躍。プロダクトや空間、ユーザーインターフェイス、Webに至るまでボーダーレスなフィールドでデザイン活動を実践してきました。また2007年には富士通デザイン株式会社の代表取締役に就任し、『デザイン思考』によるイノベーションの創出にチャレンジ。2017年からは現職にて活動の幅をより一層拡げています。社会課題に取り組むさまざまな団体でエネルギッシュに活躍する加藤さんに、デザインワークに大切なことは何か、というテーマで語っていただきました。

大学で出会った人間工学

もともと絵を描くのが好きな子供で、小学校6年のとき母親の絵で市長賞をもらったりしていました。すっかり、その気になってそのままデザインの道へ進もうと九州大学(当時の九州芸術工科大学)の芸術工学部を受験。その頃は、国立の一期校って難しかったはずなんですが、800点中300点が実技だと聞いたので、それならいけるんじゃないかと(笑)。

実際に入学してみると、人間工学の授業にものすごく力を入れている学校だった。生理学などの座学はもちろん、実験を通して人間の勉強をするんです。電極を握って興奮すると、どう掌の電圧が変わるかとか、体にデンプンの粉を塗って湿度90%の人工環境室で汗の出方を調べるとか。

一見、無関係に見える人間工学とデザインですが、実は密接というか表裏一体でね。たとえば人間は最初にどこから汗をかくか、という実験結果がスポーツウェア背面部のメッシュ構造に活かされる、といったように。これは面白いなーって惹かれていったんですね。結局、そのまま就職先でもユニバーサルデザインに取り組んでいくことになるわけです。だから大学での人間工学の授業がぼくのデザインの原点といっても過言ではありません。

就職はなんとなく大手だと面白くないだろうな、と思っていました。卒業がオイルショックの年で就職先がなくて、一年間だけ先生のもとでアルバイトをしていたんですよ。そうしたら翌年、先生から富士通を推薦された。それがキャリアのきっかけです。

当時の富士通は小さかったですよ。中堅の家電メーカーよりも小さかった。でもちょうど『通信から情報へ』というテーマを掲げていて、人間工学がわかる人材が欲しいと。半分デザインで半分人間工学っていうことなら願ったり叶ったりだなと思い、入社を決めました。

その先にあるユーザーに思いを馳せる

富士通ではプロダクトデザイナーとしてキャリアをスタートさせたのですが、もともと人間工学がベースとなっていたことから手掛ける領域が自然と広がっていきました。オーソドックスなデザインからはじまり、最終的には空間、グラフィック、Web、アクセシビリティ、ウェアラブル、ロボット、AIと40年間でおおむね全領域やってきましたからね。

富士通で良かったのは、技術の進化とともに歩んでこれたことでしょうか。たとえばATM。昔は窓口で算盤と台帳に判子で入出金していましたよね。それが専用機といって通帳プリンタとか入出金端末とかが出てきて、そのうちにパソコン(汎用機)、そしてお客様が直接操作する自動機(ATM)へと変わっていった。この進化のプロセスを全部経験できたわけです。

しかも機器だけでなく、店舗デザインまで手を拡げていくことになります。動線計画や実際の人の動きなどを計測して分析。自動機があるのにハイカウンターにくる人がいるのはなぜか。ローカウンターではどんなやりとりが行なわれているのか。伝票や音声データまで駆使して調べました。ATMが使いこなせずにカウンターに来ていたり、そもそもATMが嫌いだったり…人間の心理をすみずみまで理解した上でレイアウトする必要がありました。

そのうちに金融機関における店舗デザインというのは簡単な問題ではないぞと気づきます。そこでシステムエンジニアと一緒になって営業店を調査した資料を、商談の度に横展開するようにしたんです。するといつしかそれが富士通の付加価値と認められるようになり、どんどん商談が取れるようになっていきました。

さらにわかってきたのが、当たり前ですが金融機関にもいろいろな立場や役職の人がいるっていうこと。店舗推進、営業推進、人事、総務、店舗設計…それぞれのポジションがあって、どんなプランのときはどの人を押さえればいい、といったことが見えるようになりました。人間工学とは別の意味で人間を勉強したといいますか。

当時だと店舗づくりを含めた金融システムリプレースの提案をお客様の営業推進の人たちは割と応援してくれましたね。逆にシステムや店舗設計部門は新しい取り組みに慎重になりがち。そういった経験を通して、富士通のビジネスの先には取引先における人間の問題があるんだ、と知りました。いわゆるBtoBtoC、システムの先にあるユーザーの大切さですね。

経営とデザインと人間性

デザインセンター長の頃はユニバーサルデザインやアクセシビリティの実践に力を注いでいました。そこでもやはり人を知ること、人間工学を学んでいたことがプラスに働いたものです。

そうこうするうちに転機がやってきます。当時の富士通社長に独立を促されたのです。それもデザインセンターまるごと。いつまでも中にいるんじゃなくて、外で戦うほうが双方にとってプラスだという経営判断ですね。同時に品質保証本部やテクノロジーセンターも独立採算制となり、富士通グループの一員として新たなスタートを切ることになりました。

それでぼくが代表取締役に就くわけですが、最初はもちろん一波乱ありましたよ。メンバーからすればそれまでは富士通の社員だったわけでしょ。それがいきなりグループとはいえ別会社になっちゃう。しかも経営経験のない一介のデザイナーが会社のトップとして舵取りをしようっていうんですからね。

当時100名ちょっと社員がいましたけど、娘さんの幼稚園に提出する書類の勤務先に「富士通」と書いてはいけないのか、とかね(笑)。まあ、それぐらいは手続き上の問題だからいいんだけど、最後にひと言「加藤さん、社長の経験ないですよね。僕らをひっぱっていけるんですか」って。これはなかなか堪えましたね。

ぼくとしてはもう「人としてがんばる」としか言いようがないわけです。そしてその時に思ったのが、経営というのは腰が低くないとできないなってこと。トップは孤独なんです。だからこそ人間性がものを言う。社員がぼくという社長についてきてくれるかどうかは、ぼくの人間性次第なんですよね。

そのときの気持ち?逆にやる気になりましたよね。やってやるぞ、という。ぼくの生き方にも通じるのですが、やるかやらないかだったらやるほうを選ぶんです。

ペルソナからインサイトへ

富士通にいた頃、1980年代はコンピュータセントリックという言葉をよく耳にしました。要はコンピュータで世の中が変わる、と言われていたんです。手作業をコンピュータ化すると人が減り、作業が高度化しました。その後、2001年以降はデータセントリックの時代で、モノではなく情報で稼ぐ会社が台頭してきます。GAFAみたいな企業ですね。で、その後はヒューマンセントリック、つまり人間主体の未来がやってくるだろうと。

そういう時代に、昔の手法でのモノづくりは通用しません。以前ならペルソナとか市場調査でモノがつくれたかもしれませんが、いまはつくれないんですよ。いま必要になってくるのは共感。そしてその共感を得るためのフィールドワークです。

モノがこれだけあふれてて、値段が決まっていて、個人の事情があって、それらの掛け算で選ばれるのにペルソナをつくることに意味があるんでしょうか、って話です。それよりもフィールドワークを通じてユーザーに共感してもらう。ユーザーに寄り添い、より深くインサイトに入り込まないといけません。

ぼくが理事をやっているもうひとつの団体、一般社団法人FCAJではイノベーションを加速する場として『リビングラボ』という取り組みを推進しています。これこそまさに『デザイン思考』の実践ともいえる活動で、時間を惜しまずユーザーと一緒に過ごし、その中でサービスや製品のプロトタイプを使ってもらい、モニタリングした結果をラピッドプロトして検証を重ねていくというもの。社会実験しながら課題解決の解を導き出す手法です。しかも、スピード感を持ってです。

このときに重要なのも、実は人間性なんです。たとえばユーザーと何ヶ月も一緒に生活して、あるプロダクトのプロトタイプを使ってもらう。その感想を本音ベースで話してもらえるかどうかっていうのは、その人の人間性で決まる。この人には本音で話そうと思ってもらえるか。信頼するに足りる人柄かどうか。そこまでインサイトに入り込めてはじめて分析ができるし、本当にユーザーの立場でデザインしている、といえるんですよ。

現場でみる、きく、はなすこと

デザインやアートにとって人を知ること、人間性が大切であることについては既に述べてきましたが、もうひとつ絶対に欠かせないのが現場に足を運ぶということですね。いまはなんでも検索で済まそうとするじゃないですか。インターネット上にある情報は正直価値ないですよ。

それより現場に行ってみて、いかに体感を獲得するか。さっきのリビングラボもそうですが、地域やユーザーといった対象物に入り込むことが何より大事です。匂いも、色も、リアルなすべてがそこにはありますからね。

やはり聞かないとわからないことってあるんですよ。ぼくも目の不自由な人の採用面接で、はじめて知ることがありました。たとえば「これ」とか「それ」などの指示代名詞は使わないで欲しい、とか、発言するときは自分の名前を名乗ってから、とか。障害者雇用比率を上げる取り組みを富士通としてやるなら、そこはしっかりデザインしていくべきだろうということで、人事や総務と一緒にルールをたくさんつくりました。

富士通デザインの通路はPタイルでツルツルだけど、デスク周りなどワークスペースはカーペットタイルでザラザラなのもそう。足の感触でわけてくれというオーダーです。また白い壁のエッジには黒など濃い色のスポンジが張ってあります。弱視の人には色にアクセントをつけないとわからないので。他にもパーテーションの色決めも同様。

これらもネットの検索とか、机上の議論だけではたどり着かないです。教科書には書いてなかったからね。だから現場。クリエイションするなら現場です。

クリエイションといえば、デザイナーとクリエイターではどっちが上か、という議論が一時期ありました。いまはクリエイションもデザインもあまり意識せずに使われています。企業においてもCCO(チーフクリエイティブオフィサー)やCDO(チーフデザインオフィサー)と呼ばれていて、定義が明確ではありません。

経産省が提唱している「デザイン経営」って言葉がありますが、じゃあ「クリエイション経営」という言い方もアリなのか?ということになりますよね。やはりもう一度言葉の定義が必要ですし、個々のデザイナーは自分たちの役割を整理し直さないといけないかもしれません。

そもそもデザインの定義ですら日本語ではあいまい。ひとことでデザインといっても「意匠」と「図案」が混ざっています。しかも本来はそこに「全体計画」「設計」や「編集」があってしかるべき。その上で目的に応じてハッキリと分けることが大事ではないかと思います。

センスより、テクニックより、大切なもの

そもそも「デザイン思考」とは社会課題の発見から解決までの一貫したアプローチ。広く経営戦略構築や人材育成、産業振興、地域活性化などをデザインするというものです。そこにはデザインという言葉に含まれる「編集」という視点や行為が不可欠となってきます。

つまり「デザイン思考」がイノベーションを加速させることにもなる。さきほどお話したFCAJでは『リビングラボ』と産学官民の垣根を超えてテーマをつくる『フィーチャーセンター』、さらに企業が自社技術やリソースをオープンにする『イノベーションセンター』を連携させて『WISE PLACE(ワイズプレイス)』というエコシステムを創っています。人が集まる場は労働や作業スペースじゃない、知恵が生まれる場であるということですね。これもまた「デザイン思考」の実践といえるでしょう。

さらにいまはもう一社だけの知恵で問題の発見や解決ができる時代ではなく、ライバルメーカーが協業することで新たな発見(イノベーション)が生まれると思います。バウンダリーデザインと呼んでいますが、なるべく多くの人に入ってきてもらって議論する場をつくろうと。その「場」を漢字のままだとフィジカルで面白くないから「Ba」という表記で国際語にしようと考えています。

それぐらい場って重要だと思うんです。っていうことはつまり現場に行けってことなんですよね。それは講習会とか異業種交流会なども同じ。いまのデザイナーにはいろんな集まりがあると思うんだけど、迷ったり悩んだら行ったほうがいい。行けば絶対にいいことがあります。必ず誰かに会えるでしょ。その中には将来にわたって繋がり続ける人がいるかもしれない。でも行かなかったらその可能性はゼロになってしまうからね。

まずは人を知ること。それもできるだけ深く。そして現場に足を運ぶ。この二つを軸にして、なんでもデザインしてやるという気概を忘れずに。最終的には会社経営を編集するところまで行き着きますからね。ブランディングもそうだけどコマーシャルだとか広報とか、オフィスに至るまで、すべてデザインが入ってくる。

そういうときに、周囲の人から信託されるだけの人間性があるか、ないか。それがセンスやテクニック以上にデザイナーにとっていちばんの財産なんですよ。

ぼくが日々プロモーションしているGマーク(グッドデザイン)でも、そのような一貫性と共振力のある、そして美しいデザインがグッドなデザインとして表彰されています。私たちは「発見」して「共有」し、さらに「創造」することで、デザインが社会を良くする活動を続けています。

公益財団法人日本デザイン振興会 常務理事

加藤公敬

1953年山口県生まれ。九州芸術工科大学卒業後、富士通株式会社に入社。総合デザインセンター長として情報機器やシステムの進展に伴いプロダクトデザイン、空間デザイン、ユニバーサルデザイン、Webデザインなど様々な分野のデザインを担当。その後、富士通デザイン株式会社 代表取締役社長、富士通株式会社 マーケティング改革プロジェクト室 シニアバイスプレジデントなどを歴任。「デザイン思考」によるイノベーションの実現に取り組む。2017年6月、公益財団法人日本デザイン振興会常務理事に就任。現在に至る。

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