感覚とコンセプトのせめぎあいから生まれる、文字の造形美。
“フォントデザイナー”という職業をご存知だろうか。いわゆる「書体」をデザインする仕事である。文字というパーツの性格上、グラフィックデザイナーやWebデザイナーのように表に出ることは少ないかもしれない。ゆえにその仕事ぶりやキャリアプランなどベールに包まれているのも事実。しかしテキストコミュニケーションの主役たる「文字の意匠」は、一生を賭するに値する仕事だ。金属活字からデジタルデータへとプラットフォームが進化しても、変わることなくデザインや広告出版の現場から求められる要職でもある。今回はフォントワークスの越智さんに“文字をデザインする”仕事の実態について語ってもらった。
きっかけはインターン先で手にした一冊の本
―フォントデザインという仕事と出会ったのは?
美術系大学3年生のとき、インターンシップ先のデザイン事務所で読んだ『文字をつくる9人の書体デザイナー』という本で知りました。最初は興味本位でしたが、そういえばタイポグラフィの授業は他の科目と比べて成績良かったなぁ、と。もともと文字が好きだったのかもしれません。
―そこではじめて就職先として意識したわけですね?
それからは都内のフォントメーカーをいくつか回って。アルバイトでもいいから働かせてもらえませんか?なんていいながら直接事務所の門を叩いたこともあります。あまり情報がなかったので行動するしかない、と腹を決めて(笑)。そんな中で、ある会社のデザイナーの方に紹介していただいたのがフォントワークスでした。
―偶然にも故郷である福岡の会社だったと
そうなんです。その方は当社の藤田(フォントデザイン界の第一人者)をご存知で、私が“フォントデザイナーになりたがっている福岡出身者”ということを知って、それならちょうどいい会社があるよと。すぐにフォントワークスに電話して、面接していただけることになり、およそ2年ぶりに帰省して面接を受けました。そして内定を頂きました。トントン拍子というか、とても自然な流れで、ご縁が重なって就職できたという感覚です。
―いま7年目ということで、すっかりベテランの域?
私の上司であり、師である藤田いわく『書体デザイナーは10年で一人前である』と。いわゆる職人の世界だぞということを入社前に言われました。ちょっとでも自分にあわないと思ったら長く続けられない、とも。なので7年目はまだまだ発展途上です。確かにスタートは興味本位だったのですが、この道を選んだ以上、腹をくくって日々、書体を作り続けています。
―続けられているということは、向いているんでしょう
文字って長い時間をかけてコツコツ作っていくもの。確かに描くのは大変だし、制作時間も長くなりがちです。でもそれが嫌かというと、まったくそういうことがないんですよね。おそらく自分の性に合っているんでしょう。もちろん、お客様が使うものを作る以上、生半可な取り組みじゃいけない。質と量を同時に追求することになります。たまにめげそうになりますよ。でもそんなときは、ここで負けてたまるか、と自分を奮い立たせています。
文字をデザインする仕事の日常
―どういったことから仕事がはじまるんですか?
オリジナルのフォントの場合はゼロからはじめます。試作でいくつか作ったものを、実際に使っていただくことになろうデザイナーさんやエディターさんに診ていただいて、使いたいのはどれですか?といった現場リサーチを経て、方向性を決めていきます。
―オリジナルじゃないものもある
もちろんです。既にリリースされているフォントのB(ボールド・太字)をつくるとか、記号が足りていないので追加する、といった仕事もあります。私の場合、最初のアイデアスケッチは手描きがほとんど。でも慣れてきたらいきなりパソコンで書き始めることも。
―出来上がったものをチェックするのは…?
藤田です。後ろで見ていて、私が感覚に走り過ぎているとストップがかかる(笑)。フォントとしての一体感を考えなさい、一文字だけ突拍子もないデザインにしてはいけない、コンセプトを忘れてはいけない、と常日頃から言われています。
―フォントの世界もコンセプトやロジックが大事なんですね!
一方で感覚も捨てがたく、どちらに重きを置くかは本当に難しいです。特に私の書体はポップ系なので、ある程度感覚に比重を置くことも。たまに何文字かはイレギュラーなものを入れるケースもあります。逆にコンセプトで縛りすぎると面白みに欠けてしまうこともあります。感覚とコンセプトのせめぎあいですね。
―作りながら、全体を見ながら、進める感じですかね
それが一番だと思います。あと、これも藤田に言われ続けていることなんですが、作業者になるな、と。工場の作業員のように流れ作業にするのではなく、自分の頭でちゃんと考えて、このサイズで、この濃度でいいのかを追求する。ひと書体ごと全然作り方が違いますからね。以前に上手くいったやり方がミスにつながる、ということすらあるんです。
―想像していた以上に繊細で、根気が必要そうですね
漢字、ひらがな、数字、アルファベット、記号を組み合わせて使うフォントの場合は特に、ですね。よく見ながら本当にこの処理でいいのか。この大きさでいいのか。太さと処理は適切か。ひとつのものを作り上げる感覚といいますか。ですから、根気、大事ですね。
フォントは自分自身が投影されるもの
―ではオリジナルのフォントについて紹介してください
いま2つのフォントがリリースされています。最初に作ったのが『パルラムネ』で、第二弾が『パルレトロン』です。『パル』シリーズとして展開しています。『パルラムネ』は新卒で入社して1年目ぐらいに3本作った試作のうちのひとつ。自由に、こんなの作ってみたいな、と思って生まれた書体です。
―とてもかわいらしい、ふんわりした印象の書体ですね
コンセプトはゆるい、かわいい、力入ってない(笑)。逆に力入れちゃダメなフォントです。まだ駆け出しの頃で不慣れだったんですが、そのクオリティで出来るものがいい、新鮮だということで楽しく作っていました。
―越智さんらしさが全面に出ている感じです
一方で結構たいへんだったのが『パルレトロン』。今度はゆるくない書体を作りたいな、と思って、もともと好きだった西洋レトロやゴスロリの世界観を投影してみました。そうしたら試作の段階からお客様にはかなり高評価をいただけて。やった!リリースだ!なんて思ってたのもつかの間…
―あとは作るだけ、ではなかった?
実際に作るぞ、という段階になってディティールを詰めきれてなかった。『パルレトロン』は装飾の種類もたくさんあるし、それをどこにつけるかという問題もありました。つけかたひとつでダサくなっちゃうし。漢字はまだいいんだけど、ひらがなはもともと角張ってないし…そこが本当に難しかった。書体を作る時は細かいことまできっちり考え抜かないといけないことを改めて学びました。
―飄々と語られていますが相当苦労なさったんですね
あらためて普段、藤田が教えてくれていることの重さというか、学ぶことの大切さを実感しました。この世界は10年で一人前、ってさっきも言いましたが、果たして私は7年目の合格点に到達しているのだろうか。いつも手探りなんです。だから今はきちんと書体を作る技量を身につけることを何よりも優先したい。いつもそれを追いかけています。
―こうなりたい、というようなビジョンは持てていない?
もちろん藤田は目指すべき目標ですが…いまの私はポップ系の書体をやっていますが、ゆくゆくは明朝体をつくりたい、という想いがあるんですね。明朝体は、その人の生き様が投影される書体。もちろん技量も相当な水準を求められます。年の功が生きるというか、キャリア30年ぐらい経たないと…いまの私がつくっても、ひよっこ過ぎて話にならないと思います。
―技量的にも、人間的にも、磨きをかけていくと
そのためにもいろんな書体を作りたいですね。ゆるいのから、力強いものまで。それで得られたものをひとつずつ積み上げていって、いずれは明朝体へ登りつめる。手探りかもしれないですが、いつかきっと、やってやるぜと思っています。
―本日はありがとうございました!
越智亜紀子
1989年福岡県生まれ。日本大学芸術学部デザイン学科卒業。2012年フォントワークス株式会社入社。書体の基本を日々の書体制作で学びつつ、キャッチ・ポップ系をデザイン担当。2017年最初の書体『パルラムネ』をリリースし、パルシリーズを順次開発予定。 休日は基本的にのんびり過ごすタイプ。アウトドアよりもインドア派とのこと。しかし最近、ジム通いをはじめた。デスクワークにつきものの肩こりや腰痛解消はもちろん「フォントデザインは体力第一」というのが大きな理由である。